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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

山田尚子「たまこラブストーリー」

 

 けいおん!で話題を集めた若手女性監督の新作アニメーション映画。

舞台はとある町の商店街。お向かい同士の「たまや」と「大路屋」は同業者ということもあり、日々火花を散らすライバル餅屋。いがみ合う父親2人を尻目に、「大路屋」の息子、大路もち蔵は「たまや」の娘、北白川たまこに片想い中。二人は夜な夜な窓から糸電話でお喋りするほほえましい関係なのだが、三度の飯よりお餅が大好きなたまこにもち蔵の気持ちはなかなか届かない。もち蔵はそんなたまこにやきもきしながら、映画研究会の撮影用カメラを片手に追いかける悶々とした日々を送っている。

しかし、2人は高校三年生。トムとジェリーな恋のおっかっけっこを続ける2人にも「進路」という人生の岐路がやってくる。商店街に残ることになんの疑いもないたまこだが、一方のもち蔵は映像作家という自分の夢を追うために東京の大学に進むことを決める。このまま想いを伝えないまま離れるなんて勘弁だ!たまこの友人、みどりのちょっかいに急かされるように、自分の将来とたまこへの想いを伝えるもち蔵。一方、たまこは青天の霹靂。彼の想いを露知らず、おもちのことばかり考えてきたのだから、もち蔵の突然の告白に動揺を隠せない。

当たり前のように続くと思っていた商店街の生活。しかしもち蔵は自分のしらないところで将来を決めて、たまこの友人たちもそれぞれの未来に向けて歩き出そうとしている。高校、最後の日々。もち蔵の告白を境に一変した世界で、もち蔵の想いにたまこはどのように応えるのか。うはは、あらすじを書くだけで鼻血が出そうな甘酸っぱさである。

映画の上映が半年前で、すでにブルーレイも発売して時間がたっていることもあり、レビューや批評も出揃っている。TV版とのつながりや、陰の主人公ともいえるたまこの友人、みどりについては多く語られているのでここでは割愛ということで。個人的にはこの作品、TV版は観ないで済むなら観ないほうがいいくらいの凡作だと思ってるし……。

それは置いておいて、この映画、フィジカルなのである。手で触れられるもの以外は信用しないとばかりの潔癖さ。(通話料金を度外視すれば)誰が考えても携帯電話で話したほうが便利なのに、ふたりの会話は糸電話、というのが代表的なところだろう。

ディスクレビューブログとしては、「音」をめぐるモチーフに興味を惹かれた。例えば、自分の気持ちに迷ったたまこを後押しするのが「父親が自分と同じ年齢のころ、母親に想いを伝えるために渡した自作楽曲の入ったカセットテープ」なのである。ここから先はネタバレになるから踏み込めないが、この「カセットテープ」の特性が物語を終盤に向けて加速させる。MP3はもとより、CDでもダメなのだ。目で見えないもの。あらかじめ認知できなかったからこそ気がつくということ。見事な舞台装置の使い方だと感嘆する。また、2人が自分の気持ちを整理するために、それぞれがレコード喫茶に足を運んでひとりでコーヒーを頼むのだが、マスターはたまこが来店したときは「もち蔵に似合うレコード」をお店に並べて、もち蔵が来店したときは「たまこに似合うレコード」を並べているのだという。「レコードジャケット」という目を介して2人の行方を彩り、見守るという粋な演出もこの物語の心地よさを細部から支えている。これもまたMP3ではできない仕組みだろう。

「音」をめぐるものに限らず、このようなモチーフがあからさまなくらい大量に散りばめられ、かけがえのない若い時代を生きる2人の恋を彩っている。色とりどりに舞うそれらを頭の中で数えていくだけで幸福な気持ちになれること請け合いだ。そして、その多くが「コミュニケーション」にかかわるものであるということがこの映画の特徴だ。「糸電話」もそうだし、印象的な「綿毛」や「風船」も。それこそ、冒頭の決して交わることのない「月」と「地球」の距離感からすでに。

さて、山田尚子にとっての前作となるけいおん!からたまこに継続されているのは「コミュニティ」と「コミュニケーション」への意識だ。誰かが「コミュニティ」から抜け出して新しい日々へと踏み出す清清しさ、そしてまた別の誰かがその誰かのことを想うことの苦味と慈しみ。そこで決まってなにかしらの「コミュニケーション」が彼らの背中を押している。

しかし、この作品は潔癖なまでに、twitterやLINEのような「イマのコミュニケーション」は登場しない。スマートフォンは出てきたっけかな。少なくとも、物語においてコミュニケーションツールとして活かされることはない。その代わりに誰にとってもどこか懐かしく、そして心地よいものと感じるもので埋め尽くされている。驚くべきことに、物語の終わりを告げるベルを鳴らすのは携帯電話ではなく黒電話なのである。どこまでも徹底している。その徹底がいっそ、この世のものではない箱庭のようなものに見えて、違和感を感じたことだけはここに残しておく。

これから山田尚子という作家は「誰にとってもどこか懐かしく、心地よい」(それはもしかしたらすでに喪われているかもしれない)憧憬を徹底していくのか、あるいはこの成功を踏まえて「実践的なコミュニケーションのかたち」を模索するのか。ひとまずはto be continuedなのだが、課題が残っていることが素晴らしい。これほど甘酸っぱく、キュートな物語を見せてくれたのに、まだ出来ることがある。受け手としてこんなにドキドキすることはない。次はどんなものにふれるのだろうか。

 


『たまこラブストーリー』ロングPV - YouTube

 

 いやあ、しかしサントラのこのジャケット。スピッツのレコードのジャケットでこんなの見たことあるなあ。こんなもの、好きになるに決まってるじゃないか。ちょっとこれはずるいなあ、しかし。