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音楽とコミックのレビューブログ

田中相「千年万年りんごの子」

 

千年万年りんごの子(1) (KCx(ITAN))

千年万年りんごの子(1) (KCx(ITAN))

 

 

 

千年万年りんごの子(2) (KCx(ITAN))

千年万年りんごの子(2) (KCx(ITAN))

 

 

 

千年万年りんごの子(3)<完> (KCx(ITAN))

千年万年りんごの子(3)<完> (KCx(ITAN))

 

 

デビュー時から異才として注目を受けていた田中相の初連載作。2014年完結。

両親からの愛情を受けながら、養子として連れてこられた負い目から拭い去れない孤独を抱えてきた青年、雪之丞。大学卒業を迎えたそんな彼に、婿養子の話が舞い込んでくる。お相手は青森のりんご農家の娘、朝日。おおらかな朝日に気圧されながら、しかし雪之丞は「これで義理の両親に迷惑をかけずに済むから」とはるか遠く青森の山村へと婿に行くことを決める。

なれない村での生活。夫婦の関係もまだどこかぎこちない。しかし、朝日をはじめとした村の人々も真面目な彼を歓迎し、少なくなり始めた村の子どもたちも彼に懐き、雪之丞も村の生活に愛着を覚え始める。

りんごを育てる日々。りんごにより生かされる村の人々。愛猫の死をきっかけに、雪之丞は朝日から村の土葬の風習について聞かされる。私たちも死んだら土に返り、巡り巡ってりんごになる。そう、朝日たちは円環のなかに生きる「りんごの子」である。そして朝日から「私が先に死んだらお願いね」と頼まれる。

日は変わって別の夜、朝日が風邪で寝込んでしまう。体調が戻らない朝日に、雪之丞は森の奥の木からもぎとったりんごを食べさせる。美しい光沢とミステリアスな雰囲気を持ったそのりんご。しかしりんごには残酷な秘密が隠されていた。

「その木がつけたりんごを食べた娘は、神=おぼすな様の妻としてその身を捧げなければならない」。つまり「いけにえ」にならなければならない。雪之丞からすればありえないような風習。しかし、不可思議は紛れもなく存在する。その不可思議は、村の風習は、ささやかに愛を育みつつあった夫婦を容赦なく引き裂いていく…。

これは愛の物語である。恋慕の物語である、エモーショナルの噴流である。家族を愛し、村を愛する優しい女性。まんまるな笑顔が可愛らしい、春の木漏れ日のようなひと。雪之丞にとって朝日は20数年生きてきて、はじめて見つけた居場所であり拠り所であり、自らの存在理由である。終盤、雪之丞はそんな朝日のために鬼畜生になるという決断をする。人の道を外れても、戻れなくなっても、そばにいたいと思える人がいる。

また、そんな雪之丞に朝日も惹かれていく。最初はそのさびしそうな姿が心配になった。やがてそんな彼の孤独も愛するようになった。そうするうちに想いは強くなり、そして、風習により変わり果てた自らの姿を一目見ただけで気付いてくれた彼を愛してよかったと思えるようになった。

最終話、自らのために人の道を外れた雪之丞を見て、朝日もまたひとつの決断を下す。その決断はあまりにも尊く、儚く、美しい。朝日の決断は「愛する人のためには鬼畜生になる」というどこかみっともなく、だけど身を焦がすような雪之丞の決断とは噛み合わない。しかしだからこそ……。ここから先はぜひ、読者の手でページをめくってもらいたい。朝日はきっと、女なのだろうと思っている。

手に負えない不可思議と、私たちが生かされている自然の営み。そんな途方もなさのなかで、しかし、なぜ人は誰かを愛するのか。ページをめくるのがあまりにも辛く、重い作品だけれど、読者はそのなかで「愛を思う」という課題に向き合うこととなる。

紛れもなく、2014年のベストコミック。いや、ディケイドベストコミック。