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ROTH BART BARON「ロットバルトバロンの氷河期」

 

ロットバルトバロンの氷河期 (ROTH BART BARON'S “The Ice Age

ロットバルトバロンの氷河期 (ROTH BART BARON'S “The Ice Age")

 

 

東京のインディロックデュオの2作目。フリート・フォクシーズやボン・イヴェールといったUSインディ、特にトラッドと呼ばれたフォークを基調にしたミュージシャンを引き合いに出される彼ら。近作はまさにそれらのバンドのお膝元であるアメリカで制作作業を行った。スタッフにもまさにその界隈を肌で知る生き字引と呼ぶべき人物を採用。ナショナルを手がけたジョナサン・ロウがミックス、ウォー・オン・ドラッグスなどを手がけるブライアン・マクティアが録音を担当と、確かな実績のあるスタッフとともに、飛躍の一枚を作り上げた。

ここまでだととっつきにくさを感じてしまう人もいるかもしれない。まあ、そもそもよく聴けばかなり音楽性が違うフリート・フォクシーズとボン・イヴェールを同時に並べること自体にちょっと無理がある。今作の作風はそうしたUSインディの空気よりも、どちらかといえばシガーロスやオーラブル・アルナルズといったアイスランドのロックバンド周辺の肌寒さと、そこに生きる人々の極細やかな手触りを想起させる。まさに今作は氷河期、凍りつけの時代である。というのは言葉遊びになってしまうけれど…

先ほどシガーロスの名を挙げた様にサウンド自体は広がりのある、スケールの大きな作風だが、ギターとドラムスを中心としたアコースティックな演奏と、三船雅也の少年のような歌声とそれをサポートするコーラスワークが中心。そして必要以上に音数を増やすではなく、あくまでそれを軸に彼らのとりとめのない散文のような詩の世界を包み、膨らませていく。この詩の世界こそがロットバルトバロンの最大の魅力である。

 

「僕らに託された望みは全部叶えてはやるもんか。こんな場所で生きてたくはないし、こんな場所で死にたくはない。」

「子どもたちよ。ほら急ぐんだ!柔らかい気持ちが嘘になる前に。新しい街を作るんだよ。家を燃やせ。名前を捨てろ。」

 

「なにかがすでに喪われてしまった」という無常の視線。そして「ふざけるな!僕らは死んでなどいない!」という抵抗への意思表明。これらを同じ歌のなかでひとつなぎに結び、最後まで押し切るところまで辿りついたのだからアッパレだ。作品を作るとは自分の身を削り、人生の一部を曝け出すことでもある。そのなかで「無常」を感じ取る感性を持ち、それにただ打ちひしがれるのでも、酔狂に酔いしれるでも、訴えるでも、共有するでもなく、自ら率先して「抵抗」するのは実に頼もしい。まだ2作目を起稿したばかりの彼らの前途と新しい世代の到来に大きな期待を抱かせる。この音楽性なら映像にも使えそうだし、大きな舞台でも映えそうなのもいい。

ひとつケチをつけるならば、「〇〇のようだ」「〇〇などするものか」と、特定の言い回しがあまりにも多く、アルバム後半までくると「また同じ言い回しか」とつい気になってしまうところ。後半の楽曲自体は前半(いや、このアルバムの前半4曲は本当に素晴らしいのだが)に比べて大きく劣っているわけではないのだが、こうした些細なことで引っかかりが生まれてしまうのは実に勿体無いとは思う。

 

「この想いは僕のものだ!君なんかにわかってたまるもんか!」

「目を開いてよく見てみろよ。何が起きるのかを。僕はときどき思い出すよ。この感覚を信じている」

 

ああ、しかし、こんな聞き分けの悪い子どもみたいなことを、大声で、大勢の前で歌えるというのはどれだけ気持ちいいのだろうか。聴いているこちらの頬が思わずほころぶほどなのだから、想像を絶する。すぐそこにやってくる氷河期を歌う彼らは、一方で「どこか遠くからきた若者」ではなく、東京生まれ東京育ちの「どこにでもいる若者」である。なにも不思議なことも、おかしなこともない。アンファンテリブル!

 


ROTH BART BARON / 氷河期#2(Monster) - YouTube

 

今回はROTH BART BARONの歌詞BOTtwitterアカウントも。実際の彼らの言葉を見てもらえればすぐ興味が沸くだろう。

まだ片手の指も埋まらないほどの作品しか出していないのに、どれだけの名フレーズを生み出せるのかこのバンドは。アンファンテリブル!