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音楽とコミックのレビューブログ

KOHH「梔子」

 

梔子

梔子

 

 

日本のラッパーの、通算2作目となる「1st」フルアルバム。

1stに先んじて発売された2ndアルバムのレビューもできないまま、ひとまず1stのレビューを書くことになった。2ndのレビューも書くといった手前、そのうちに書かなければいけないとは思うけれど、ひとまず先に今年の初頭に発売された1stを。

ヒップホップに対する免疫がなく、聴き方すらわからない自分ですら吹き飛ばされた前作。その前作を発表する過程で「最初に出すのはもっと内省的な作品にしたい」と先送りにされたのが今作である。都営団地での生活者の現実を、地を這うようなエレクトロビートに乗せる「黒い」感覚がアルバムを支配した2ndに比べて、なるほど本作はジャケットのイメージの通りに色鮮やかだ。一躍「成功者」の側に立った自らの立場への不安と期待。自らも身体の隅々に刺青を入れた札付きでありながら不良の世界観を皮肉る視線。生々しく露骨な性描写。しかし、それでいて純粋な愛の表現。そしてラストトラックでは当時小学生だった弟、Lil KOHHが自らのクラスメイトへの素朴な感謝を言葉に乗せている。一ヶ月で練り上げた2ndに比べ、制作時期も幅広い。前作がKOHHという人間の心象世界を生々しく描いた絵画なら、本作はKOHHというラッパーがさまざまな出会いと別れの中で表現者として独り立ちするまでを描いたポートレイトとも受け止めることが出来る。

出世作である「JUNJI TAKADA」や「i Phone5」のあけすけなユーモアは時代の寵児として頭角するほどの魅力を感じさせる。しかし、より魅力的に感じたのは「飛行機」と「Where You at?」の冒頭2曲。遠くから近づき、そしてまた遠くへ向かう。バックトラックの表現力豊かな響きに乗せて、客の一人もいないライブや日々の派遣労働に勤しんでいた過去、売れっ子となって日本中を飛び回る現在を繋ぎ合わせる「飛行機」。その途上、自らのこれからの未来を思う「Where You at?」。モノクロームな景色が思わず開けるようなオープニングの2曲はこれまでのKOHHになかった魅力を秘めている。

KOHHは「母と子がドラッグという異形により結び付けられながら、それでもこの世の仕組みの中に押し込まれる男の絶対零度の目線」を描いた。その一方で「未来への不安と成長への手応えに汗ばんだ拳を握り、死んだ友を思い涙し、愛する人のぬくもりに安らぎを覚え、血を分けた弟のたくましさに思わず奮い立つ身体」も描いた。そんな彼の言葉からは、誰かにとって都合の良い台詞だけを選ぶのではなく、傷口もキスマークも刺青も、自らを作り上げる全てをさらけ出すのが表現者なのだという覚悟が聴こえる。だからこそ、2ndからの落差についてこれない人が出ることをある程度踏まえたうえで、このアルバムをお蔵入りにしなかったのだろう。

次回作は海を越えてNYでの録音が決まっている。すでに去年の年末に一ヶ月の海外生活を送ったとのこと。都営団地の屋根の上、かつて誰かが見上げた飛行機にはすでにエンジンがかかっている。「どこに行こう?」。ひとまずは、自らの闇も幸福も育んだアンビバレントな「僕の町」を飛び出し、「いってきます、未来に」。

 


KOHH - ”飛行機” Official Video(Dir Havit Art Studio) - YouTube