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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

福島鉄平「スイミング」「アマリリス」

 

スイミング (ヤングジャンプコミックス)

スイミング (ヤングジャンプコミックス)

 

 

アマリリス (ヤングジャンプコミックス)

アマリリス (ヤングジャンプコミックス)

 

 

サムライうさぎ」の作者がその連載後、足掛け6年に渡って発表した短編を二冊にまとめた短編集。

同じスイミングスクールに通う女の子が気になる中学生の男の子。また別の少年は親に捨てられ、男娼として生きることを強いられる。「月・火・水はスイミング」と「アマリリス」。連載の打ち切りという失意を経て短編作家としての才能を世に知らしめた読み切りを中心に、それぞれ時間軸も性別も住む場所も事情もまったく違う少年少女たちがそれぞれ10代前半から後半に至るまでの「青い時期」に否応なく通過することになるヒリヒリとした感覚に直面する様を描く傑作短編集だ。

クラスメイトからの告白をきっかけに、恋と性欲の狭間に開いた扉の前で戸惑う男の子のマヌケさを、モノローグを多用して可愛らしく描いた「スイミング」収録の「反省してカメダくん」は短編集のなかでは地味な作品だけれども、個人的には特に気に入った。「アマリリス」のなかでは没落した名家の娘が、引き取られた修道院で出会った謎めいた少女に惹かれていく「ルチア・オンゾーネ、待つ」の妖しくも物悲しい調べと温かなラストが印象に残った。

少年誌に掲載された「スイミング」は全作品がボーイミーツガールのラブコメディ(中学一年の国語の教科書の最初に載っていた「赤い実はじけた」を思い出す)で、「アマリリス」以降の作品はトランスジェンダーや同性愛を描き、どこかエロティックな薫りを漂わせる(「アマリリス」や「私と小百合」でのそれは実に……)。しかし、こうした違いは本質的ではない。根底にあるのは「誰かを想うことの切なさと豊かさ」への賛美だ。それは甘酸っぱい「スイミング」でも、ショッキングな「アマリリス」でも揺るがない。

中間ページやあとがきのなかでたびたび言及される「書きたいことがない」という悩みと本当に自らの作風や考え方に合っているのかわからなくなってしまった「少年漫画」というカテゴリのなかで苦闘する前半期の「スイミング」、やがて少年漫画というカテゴリから踏み出し、作家として賭けてもいいと思えるテーマを爆発させ、美しく羽化する後半期の「アマリリス」。作中の登場人物がそれぞれに恋をして、悩み、一歩踏み出すのと同じように、「スイミング」と「アマリリス」は福島鉄平というひとりの青年の成長を記録した青春のきらめきであり、迷いの森のなかで掴み取った大いなる成果だ。そのまばゆさに思わず目が眩む、素晴らしき短編集。