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音楽とコミックのレビューブログ

堀越耕平「僕のヒーローアカデミア」

 

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

 

 2014年から週間少年ジャンプに連載中の少年漫画。

この世の " ほとんど " の人が「個性」と呼ばれる超常能力を得て生まれる世界。その力というのは人それぞれ大なり小なりなのだが、なかにはこの「個性」を悪用する輩も出てくるわけで。そんな悪党ども=ヴィランを持ち前の「個性」で取り締まるのがヒーローと呼ばれる戦士たち!その頂点に立つスーパーヒーロー、オールマイトは世界中から羨望の目を注がれる憧れの存在であり、ヒーローたちはすべての市民から愛される、その名の通り英雄なのである。

そんなヒーローに憧れるのは緑谷出久少年。人並み以上にヒーローになりたいという想いを持つ出久だが、なんと彼は世界の  " ほとんど " から外れてしまった世にも珍しい無「個性」、つまり無能力者だった。もちろんヒーローになるにあたって「個性」はあって当たり前、能力がないとヴィランなんて倒せない。F1選手になりたいのに運転免許を取れない身体、みたいなものである。

そんな現実にもめげずに日々努力する出久。目標は数多くのヒーローを輩出した名門、雄英学園への進学!まあ、努力するといっても漠然と流行のヒーローを研究するくらいしかやることがないのが辛いところ。周りに理解者もおらず、それどころか幼馴染のかっちゃん(触れた物を爆発させるかっこいい「個性」を持つ。キラークイーン!)からは「デク」とバカにされ、周囲から鼻で笑われる屈辱の毎日を過ごしている。

そんな帰り道、ヴィランに襲われた出久は、町にやってきたNo1ヒーロー、オールマイトに助けられる。圧倒的な力で敵を蹴散らすオールマイト。幼い頃から憧れた最高のヒーロー。そのヒーローを前に思わず出久は尋ねる。「個性がなくても、ヒーローはできますか?」。そんな出久に対して、オールマイトは大きな秘密を明かすのだが…。

生まれた瞬間から世の理から弾き出されて生まれた出久。しかし、そんな出久の勇気と秘めた力がオールマイトの心を動かす。そして、「個性がなくてもヒーローになりたい」と願う出久が本当にほしかった言葉とは?

さて、ここまで1話である。オープニングである。1話だけで1000文字だよ!しかもこれ話の半分くらいしか進めずに強引に〆てるからね!しかし、今年一番のすばらしいオープニングだ。個性的な仲間が集まり、現時点では攻略不可な強敵が現れるスリリングな展開につながる1話以降もそれなりに面白いのだが、やはり1話の面白さでこの作品は引っ張られている。ジャンプの王道とアメコミのお約束を丁寧にマッシュアップした絵柄も目を引くし、そのために途方もない研究と愛着を込めたのもありありとわかるのが好感を持てる。

また、ジャンプの歴史のなかでこの作品はやはり「NARUTO」の後継者として素直に位置づけられる。「この世のみなしご」たるナルトが友人や師匠、愛するものたちとの出会いを経て、恨むべき相手とも和解する。「幼子から青年へ、青年から大人へ」という物語は15年以上にも渡るワンピースやナルトの長期連載が要請したものかもしれない。10歳の子どもが25歳になるわけだ。子どもの目線から見れば悟空や空条承太郎は当たり前のように大人になり父になったのだけれども、ナルトとともに大人になった読者は、子どもは当たり前のように大人にならないことをよく知ってしまった。

誤解を恐れず、若干安易にいえば出久はジャンプにおける新しい「この世のみなしご」である。改めて最初から読み返しているのだが、「NARUTO」の1話は「ヒーローアカデミア」の1話のプロットとよく似ている。しかし、孤独を優しく包み込む感動的なラストに着地しながら、世界を形作る「血と家系図の呪縛(とその情念)」に縛られる息苦しさも内包したナルトと比べて、出久は「世の理の外に出ること(そしてその脱出は非常に暴力的で、おそらく強烈な歪みと痛みを秘めている)」を前提としているというところがニューエストモデルだ。15年前の少年だったナルトに対して今の少年たる出久はこれからどのような青年になり、大人になるのか。どのような物語を刻むのか。まあ、簡単に15年連載を続けるというわけにはいかないし、現状は1話の魅力に現行の連載が追いついていないところで不安はあるが、常にゆらゆらと揺れながら軌道修正を続ける「ジャンプの王道」を継承しうる作品が久々に生まれたという期待に満ち溢れている。