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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

本日休演「本日休演」

 

本日休演

本日休演

 

 

京都大学出身の4人組(アルバム収録時は5人組)による1st。バンド名はエリック・サティかしら?

京都といえば学生とブルースの街。ブルースといえば今年、憂歌団が日本中を走り回り、フェス世代にその歌を伝えている。そんな彼らも活動の中心は京都だった。京都大学出身の先輩といえばボ・ガンボス。京都の大学という意味ではくるりもまた彼らの先輩になるだろう。本日休演もそうした先達たちが紡いだ歴史ある文化都市、京都で出会い、セッションを繰り返し、仲間たちに見守られながらのびのびと成長し、羽ばたこうとしている。歌詞カードを開いて1ページ目のミロクレコーズ社長の言葉から、いかに彼らが愛されているのかがよくわかる。

さて、本日休演のデビューアルバムである。歌詞カードの裏を見るとアビィロードのパロディをした5人の姿。なるほどなあ、と苦笑いしてCDをかけるとシタールが怪しく響くインド風の短いOPが。どこまで確信犯なのかはわからないけれど、いいイントロだ。こうした手触り、肌触りによる送り手と受け手のコミュニケーションもCDやレコードの楽しみであろう。なんかこういうの久しぶりだな。

アルバムに話を戻そう。彼らの最大の特徴として楽曲ごとに作詞作曲者が違うというのがある。メインライターは5曲を担当している岩出だろうか。異国の香りが心地よい「すきま風の踊り子」。このアルバム内では異色に小洒落れたアレンジに合わせて「お父さん、お母さん、言うこと聞かなくてごめん!」「友よ、アイス食べちゃってごめん!あと3000円返さなくてごめん!」と思わずニヤリとする詞を歌うジャジーな佳曲「ごめんねのうた」。チンドン風の楽曲「とびはねるだけのバッタ」。ベルベットアンダーグラウンドのようなざらざらとしたガレージロックからカオスに向かう「たましいの置き場所」(ナンマイダブ!)とアルバムの実質的なラストを飾るサイケデリックなバラード、「とどまる人、時間は過ぎてく」の2曲も彼の作品。こうやって並べるだけで彼の引き出しの多さがわかるだろう。先述の「ごめんねのうた」の共作者である棚から拓郎はもう一曲、「映画」も担当している。友人と一緒に映画を観にいくのだが、観たい映画の相性が合わなくて困る、というちょっとキュートな楽曲。埜口の担当は1曲のみだが、これが出色の出来の「ひとりランデブー」。

 

「おしまいだ 僕らは終わった 用済みだ 出涸らしの僕ら / 勘違いの中 良く生きてたな 後はただ死ぬのをまつさ」

「空の下 夢の中 風吹いた / 風邪引いた 僕の僕への懺悔が終わる」

 

僕らは死を背中に感じてしまう出涸らしだ。だけど、ついつい風邪は引いてしまう。この死生観。達観していながら、今日も青臭くからまわってしまう。なんと愛すべき若者だろうか。

 

「ああ僕らは ああ生きながら ああ死んでる 取り残されてしまった」

「いつもどおりなんて そんなことはないよ 君が変わらなくても 時間が変わってく 時間が過ぎてく」 

 

日本中から才能が集う、憂いの歌の街が生んだ堂々たるニューエストモデル。本稿の最後に、岩出がwebサイトSTROBO LIGHTSに寄稿したこちらの文章を紹介したい。

http://strobolights.me/589-2/2-2/

 

「作るということは気付くということだと思う。=というより⇒という感じかもしれないが、何かが作られた時点で何かに気づくことが約束されていると思う。気付くのはいつになるかはわからない。それは結局聞き手も音楽を聴いて聞き手自身と対話することと同じで、音楽を通して作り手も自分自身を見る。そして気づいたときにはじめて音楽が作られたと言えるのかもしれない。

「聴き手がもっと能動的になること理想かもしれない。みんな自分のアンテナを敏感にして、様々なものを取り入れていく。金銭的な価値は下がれば下がるほど、もっと別な価値は上がっていくだろう。本当に理想を言えばもっと音楽が大勢に価値あるものになったら、いいと思う。それは世界から戦争がなくなり平和になってみんなが欲求を満たせればいいのにと言っているようなものかもしれないが。」

 


本日休演 - すきま風の踊り子 - YouTube

 

追記:

現在は

・ ototoyの配信


本日休演 / 本日休演 - OTOTOY

 

・ ミロクレコーズの通販


本日休演/本日休演 | Miroku records

 

で入手できます。

関西にいる人はショップに直接買いにいってもいいかも。