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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

ピエール・コフィン、カイル・バルダ「ミニオンズ」

2015 animation movie

 http://3.bp.blogspot.com/-IN6iwboogzI/VFhnec4CaVI/AAAAAAABtLU/AIvr2FIZWuI/s1600/minions.jpg

 

 2015年公開のアニメ映画。人気シリーズ、怪盗グルーシリーズの前日譚にして人気マスコット、ミニオンを主役に添えたスピンオフ作。

人類より遥か以前から誕生していた黄色い生物ミニオン。彼らは生まれたときから、その時代で最も強い「ボス」に仕えるという習性をもっていた。ティラノサウルス、猿人類、ファラオ、ドラキュラ、ナポレオン…。彼らは絶え間なくその時代の最強最悪のボスの後ろに引っ付いてきた。だが、バカでマヌケなミニオンたちは新たな悪役に仕える度に失敗して、愛するボスを失ってしまう。なにをやっても失敗続きのミニオンたち。冬の山で遭難した彼らは、洞窟に逃げ込み、そこに安息の地を求め長い時間を経て文明を築き上げたのだった。歌って踊って遊び放題の毎日。危険とは無縁の平和で安全な生活に満足していたミニオンたちだが、「悪いボスに仕えたい!」という欲望は膨れ上がる。そうこうしているうちに、彼らの欲求不満は無気力に変わり、ついにはミニオン文明の危機を迎える。そこで立ち上がったのはケビンというのっぽのミニオン。ケビンはチビで弱虫で甘えん坊なボブとウクレレ弾きでバナナ好きのおしゃまなスチュアートを引き連れて、仲間たちを救うべく新たなる「ボス」を探しに行く旅に出た。凸凹トリオとなった3人のミニオンは極寒の南極を経てニューヨーク、オーランド、そしてロックンロールが息づく1960年代のロンドンへと旅を続ける。その旅の最中、彼らは今をときめく女悪党スカーレット・オーバーキルの存在を知り、紆余曲折を経て彼女に仕えることとなる。ミニオンズの新たなるボスとなったスカーレットの最初の指令、それはイギリスの象徴、エリザベス女王の冠を盗んでくることだったのだが…。


Minions - Official Trailer 3 (HD) - Illumination - YouTube

 「ハッピー・トゥゲザー」という曲がある。1960年代後半の数年間、眩い輝きを放ち、その光を失った後、ボロ雑巾のように捨てられたアメリカのフォーク・ロック・バンドの最大のヒット曲だ。1967年のタートルズのヒット曲は、ミニオンの誕生の瞬間を描いた本作のOPアニメーションを印象的に彩る。今年の夏の大作アニメにおいて本作をひときわ個性的にしているのは、ロックンロールをはじめとしたサブカルチャーへの目線だろう。ビートルズストーンズザ・フー。ファッションやテレビ番組の質感、街並みもさることながら、お腹いっぱいになるほど叩き付けられるロックンロールの数々はエネルギッシュだ。カッコつけのスチュアートがジミ・ヘンドリクスに影響される様も実にコミカル。ダイブ・イントゥ・60'S!という明確な世界設定は作品の風景をカラフルでキッチュなものに塗り替えてみせた。結局のところ、かわいい生き物とロックンロールが嫌いな奴なんていないんでしょ?的な計算が鼻につくのは否めないが、縦ノリの騒がしいリズムはミニオンの慌ただしいアクションと見事に親和し、本作の世界観をより魅力的に高めている。子どもはミニオンの冒険に夢中で、お父さんお母さんもその可愛らしさに大満足、仮にロックンロールに影響を受けた青春を過ごしていたならなおさらのめり込むだろう。

一方、ここで留保すべき点がある。「悪人に仕える」=「信頼と愛着を覚える誰かの傍らに寄り添う」という彼らの目的(あるいは欲望と言い換えてかまわない)は、本作の冒険の終わりにおいては果たせていない。つまり、可愛らしいミニオンの騒がしい冒険の先にあるのは「達成」ではない。本作の物語はあくまで本作を映画として成り立たせるためのプロットにすぎないのだ。ミニオンたちの歴史において、スカーレット・オーバーキルとの時間は、幾度となく繰り返してきた失敗と後悔の繰り返しのひとつだ。魅力的なロックンロールで塗りつぶされた60年代のロンドンの風景も、ミニオンズにとって敗北の一つでしかない。その事実が、物語の終わりに待ち受ける出会いをひときわに美しいものにする。

 

Me and you and you and me / ぼくときみ、そしてきみとぼくは

No matter how they toss the dice / 彼らがサイコロをどう転がそうが

It had to be / それはそうなるべきなんだ

(The Turtles / Happy Together)

 

「ハッピー・トゥゲザー」と名付けられた映画がある。異国を旅する同性愛者のカップルが、すれ違って、すれ違って、最後には離ればなれになり、それでもどこかで繋がっていることを確信せずにいられない愚かさと切なさを描いた狂おしい作品だ。その映画は、原型も留められないほどに互いを傷つけ合い、ズタズタに引き裂かれた愛する人との繋がりを、故郷で見つけた1枚のなにげない写真から確信するところで幕を閉じる。一方で、この映画は、ミニオンたちの冒険は、まだ顔すらわからない誰かとの強い繋がりを求めるところから始まるのだ。彼らもまたその映画のカップルと同じように失敗を繰り返して、愛する人を傷つけて失っても、誰かと繋がることをやめられない。その姿はコミカルだが、どこか寂しくて、きわめて愚かしい。だが、本作のエンドロールは、繋がりを誰よりも求める「幼い」ボブの寂しさを抱きしめ、誰よりもはやく一歩を踏み出した「愚かなる」ケビンの勇気に幸福な結末を与える。それはきっと、この夏に公開されたどんな映画の、どんなテーマにも負けないくらい尊いものであるはずだ。

そしてなによりも大事なことがある。この作品はどこまでも子ども向けを意識して作られていて、スカムでジャンクなエンターテイメント映画なのだ。ブラボー!