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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

藤井隆「COFFEE BAR COWBOY」

 

Coffee Bar Cowboy

Coffee Bar Cowboy

 

 

日本のコメディアンによる11年ぶりのアルバム。ノーナリーヴスの西寺郷太とそのサポートメンバーの富田譲との共作。「君は僕に借りがある」が「僕は君に借りなんてない」。

藤井隆はテレビ喜劇においてゲイのキャラクターでブレイクし、自らを白人に設定した人気ショーのホストとして全国区の第一線で活躍してきた。それはあくまでキャラクターであり、送り手も受け手もそれが「嘘」であるという前提を共有したうえでの笑いだった。もちろん、この「嘘」を糾弾するつもりなど毛頭ない。むしろ彼にはゲイや白人というナイーブな笑いを扱いながら、それを不快な方向に振り切らない陽気な清潔感があり、多くの視聴者の好感を勝ち取っていた。彼の活動が最盛期だった00年代に発売したCDシングルがヒットをたたき出したのも、その音楽の質が優れていたからだけではないだろう。彼にはまぎれもなく人を惹き付ける資質があり、そしてその表現には(繰り返しになるが)「嘘」が紛れ込んでいた。

本作は藤井隆の11年ぶりの3rdアルバムである。結婚後、子どもが生まれ、家庭を持ったことが影響し、彼はこれまでの作風を封印して出身である関西を軸に活動している。年相応の落ち着きと当時と変わらない愛らしさを併せ持った彼はやはり好感の持てるテレビマンだが、それなりの成功を収めた音楽活動も作風を封印した当時で止まっている。そんな彼を引きずり出したのがライムスターの宇多丸で……という話は今回は他所に譲ろう。人気絶頂期の活動と連動していた11年前の音楽活動と比べて、本作はより藤井隆の出自や趣味に寄り添った作品になっている。プリンス、デュラン・デュランワム!…。本作は「80年代MTV」というテーマで統一され、走り抜ける。特に印象的なのはオープナーの「YOU OWE ME」とラストを締める「I OWE YOU NOTHING」だ。8分にも及ぶハウストラックと煌びやかな80年代ポップクラシックのカバーは本作でも特に対照的で心を掴みにくる。結果的に本作のリードトラックとなった松田聖子提供曲の「She is my new town」はtofubeatsという最前線のトラックメイカーの手によりシングルバージョンよりシンプルな黒いアレンジへと変わり、聞き応えを増した。さらに愛妻の乙葉や盟友のYOUが参加する楽曲も微笑ましいお遊びの域をきっちり超えて作品に馴染んでいる。本作のベストトラックのひとつはYOU参加のロマンチックなバラード「I'M IN」なのである。このバランス感覚は西寺と富田という優秀なクリエイターの舵取りの賜物だろう。また、ノーナリーヴスの優等生な肌触りに物足りなさを感じていた自分としては、そこに藤井の色が加わったことでテレビ放送できる程度(!)の妖艶さが加わったのは強烈なプラスになった。

しかし本作は藤井が身を焦がすほど憧れるバック・トゥ・ザ・エイティーズの華やかな意匠を纏いながら、冷たさも感じさせる。気づけばドロリと肌をなめるように迫りくるハウス・トラック。「東急ストア」や「四谷見附」といったありふれたことばをリズミカルに組み合わせるシュールな歌詞世界。ファニーだが、喜怒哀楽を表に出さず常に低い体温をキープし続けるボーカル。どれだけ作品の質を上げても、どれだけ憧れを具現化しても、ここは豊かな80年代でなければ、藤井隆はMTVスターではない。その事実が本作の「嘘」に冷淡な色彩を加えている。本作はインターネットの広大な海からエイティーズ・サウンドを抜き出した若者世代の研究発表の成果ではない。憧れと夢と妄想を抱えながら80年代ヒットを浴びた青春の亡霊がCD一枚分の時間だけを与えられ、現世に降り返るという一枚だ。その一方で、藤井隆は、「嘘=非現実」の化身たる男は、そんな自分の姿すら客観的に見つめてしまっているようにみえる。それゆえに本作は一線を越えない。”あのころの”ハイテンションで支離滅裂な藤井隆という他者からの目線と期待をさらりとかわし、現実と妄想の境界で踊る自らの姿を上天で見つめる彼は絶対零度の幽霊だ。だが、藤井隆はこの音楽から逃れられなかった。「自らの意思で」音楽を演じるならこれしかなかった。このジレンマにこそ本作の切実さがある。それがクールで、あまりにも不安で愛おしい。ポップスターは年をとってもポップスターで、やはり敵わないというわけだ。

 


藤井隆 MV「YOU OWE ME」(short.ver) - YouTube