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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

吉田一郎不可触世界「あぱんだ」

 

あぱんだ

あぱんだ

 

 ZAZEN BOYSを中心に活躍するベーシストのソロ初作。お馴染み、MATSURI STADIOにて録音。LEO今井などがレコーディングに参加している。

「あぱんだ」とは「対象物において全て情報が完璧に記載されている書、網羅した本」という意味のギリシャ語からとったとのことだ。歌い手としてのデビュー作となるこのアルバムは吉田一郎という男の思考や感情を隠さず曝け出す「あぱんだ」となるべく、濃厚に作り上げられている。

古くは15歳のころに作ったギターフレーズを採用。バンドマンとしてキャリアをスタートさせ、国内屈指の技巧派ベーシストとしての地位を勝ち取ったいまに至るまで積み上げた縦の時間軸が作品に深みを加えている。そのサウンドは一辺倒ではなく、思いのほか多様に散りばめられているのだ。吉田特有の「唸って捻る」重厚なベースラインがグルーブになって化けて現れるリードトラックの「暗渠」や妄想ゾンビ映画の混沌とした光景を描いた暗黒ファンク「ピザトースト」は「ZAZEN BOYS吉田一郎」への期待に応える先入観通りの楽曲だが、それはあくまで本作のいち側面でしかない。彼の代名詞でもあるベースではなくギターフレーズを押し出した「ルール」や「たまプラーザ」、アルバム後半に添えられた「眼と眼」や「洗濯」といった穏やかなトラックがこの作品の奥行きを深めている。

 

電話は繋がらない / たいした革命は起こらない

この街はいらない / この街はきっと戻らない

 

吉田のボーカルはファナティックな向井のボーカライゼーションや「ガイコクジンのニホンオンガク」というズレを生かす今井とはまた違い、朴訥ながら端正でシンプルな響きになっている。幼い頃に住み慣れた街をドライに見つめる「見慣れた街」や廃墟と化した屋上遊園地に佇む「たまプラーザ」といった私小説やエッセイ的ともいえる楽曲が映える歌声と言っていいだろう。「30歳を目前としてから書けるようになった」という歌詞も、若者の歌詞と呼ぶには幾分ドライで、しかしヒリヒリとした危うさを秘めている。その一方で本作ではその危うさをコントロールし、パッケージできているといえる。とくに都市生活への愛着と嫌悪感の狭間で立ちすくむという視点は彼の歌い手としてのテーマであり、魅力であろう。

 

見られたら困る / 君だけの / あぱんだを

知られたら終わる / 君だけの / あぱんだを

 

圧巻はラスト2曲だ。吉田一郎の低熱のボーカルとピアノを軸にしたドロドロとしたサウンドは世界を拒絶するようにイヤホンで耳を塞ぐ私たちに「曝せ」と語りかけ、手招きする。そして私たちよりも先に自らを曝け出した男は、暴れ回るギターとともに、ツバメのように海へと去っていく。向井秀徳のもとで頭角を現し、彼の周辺と呼ぶべきゲストを迎えた作品でありながらも、決してZAZENや向井のデッドコピーに収まらず、吉田一郎という個人にしか持ち得ない魅力と味を熟成させた傑作だ。

 


吉田一郎不可触世界 - あぱんだ - YouTube