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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

真黒毛ぼっくす「夢の旅」

2015 newdisc

 

夢の旅

夢の旅

 

結成30年を超える、大槻泰永を中心とした大所帯サイケデリック・ロック・ユニットの7枚目。

切なくも抜けの良い柔らかなサイケデリアと、どこか憂いや物悲しさを漂わせた大槻の朴訥な歌が作品を包み込む。そのサウンドは明らかにビーチボーイズをはじめとした60年代ポップスを思い起こさせるし(「サーフィン高円寺」!)、ボーナストラックには「レノンさん」と、先人たちが築き上げたロックミュージックへの尊敬をあけっぴろげなまでに込めているのが微笑ましい。本作でたびたび出てくる車というモチーフも、彼の年代ならではの趣味かもしれない。ソングライティング面も上質で隙がなく、軽く聴き流すと穏やかで優しいノスタルジックな音像に思えるだろう。「九十九里浜まで」「大浜海岸にて」のようなバラードにおけるメランコリアは味わい深く、「鉛の船」や「夢の旅」の幻想的な情景は心が締め付けられる。

しかし、耳を澄ませば、その歌は幻想的な美しさと写実的な生々しさが整理されないまま、スキゾフレニックなことになっていることに気づく。過去の恋の記憶、美しい想像、娘と父親失格の自分、手に負えない人生設計。ぐちゃぐちゃに散らかった大槻の言葉を車のスピードと酩酊と楽器が溶かし、聴き手の耳を混乱させる。このアルバムは人のよさそうな酔いどれおじさんの優しい趣味のアルバムなどではない。表現者の混沌と寂しさを抱えて引き返せないところまできてしまった男の吐露である。

 

どこまでも続く砂浜 / 空に溶けていく

埋めきれない想いも / 空に溶けていく

 

本作は「海と都市」、「幻想と素面」を対比に置いて行き来する。それはまるで「美しいもの」への憧憬が膨らみ、破裂するたびに潮が引くように我に返るかのようだ。そんな本作のリリックには、失われてしまった何かに心を引き裂かれる叫びと、例え何かが損なわれたとしても否応なく続く生活とのアンビバレンツに苦しむ男の姿が描かれる。

 

柔らかな手を / 離さなければ

忘却さえ抗う想い / 何度も此岸に打ち寄せる 

 

過去は振り返れば美しく、現実は向き合えば苦い。真黒毛ぼっくすは、エンジンが燃える音や酩酊を乗り物に、海のきらめきの美しさと街の灯りの物寂しさを行き来し、時に幻想的な情景を夢想しながら、最後は日常へと返っていく。移り変わる季節や住み慣れてきた駅前の風景へと返っていくのだ。本作で(直接的な表現で)描かれる娘や家族と大槻の関係は想像の域を超えることは出来ないが、彼が彼自身の境遇を歌うことで、聴き手もまた自らの喪失感や喪われても諦めきれずについてくる幽霊のような想いを自らに問いかけることとなる。

 


真黒毛ぼっくす『九十九里浜まで』PV - YouTube