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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

望月ミネタロウ「ちいさこべえ」

2015 comic

 

ちいさこべえ 1 (ビッグコミックススペシャル)

ちいさこべえ 1 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

ちいさこべえ 4 完 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

ちいさこべえ 4 完 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

 

 

80年代にデビュー、「バタアシ金魚」「鮫肌男と桃尻女」「ドラゴンヘッド」と長きにわたって印象的かつ象徴的な作品を生み出してきた望月峯太郎による最新長編。江戸の大火ですべてを失いながら、みなしご達の面倒まで引き受けて再建に奮闘する大工の若棟梁を描いた山本周五郎の時代小説「ちいさこべ」を大胆に現代に置き換えた意欲作だ。

幼い頃から大工の跡継ぎとして育てられながらも反抗し、ヒッピーのような髭もじゃのツラで世界を放浪してきた読書家の青年、茂次。しかし、生まれ故郷の商店街を襲った大火で両親と実家の工務店「大留」を亡くした彼は若棟梁として再建を引き受けることとなる。そんな折、「大留」住み込みの家事手伝いとしてりつという女性が雇われるという話が舞い込む。若干20才にして、キャバクラで仕事しながら病床の母を養っていたりつ。その母が亡くなり、故郷の町に帰ってきたとのこと。幼い頃に彼女と面識のあった茂次はそれを受け入れるが、ことはそう単純ではなかった。りつは先述の火事で施設を失い、身寄りがなくなった5人の子どもたちを引き連れてやってきたのである…。

あらすじだけを読むと、子どもたちのキュートな魅力により、大人たちが勇気づけられていくというプロットのようにみえるだろう。しかし、この作品における「子ども」なるものはみなワガママで、悪どく、しかも不細工で、恐ろしく可愛くない。むしろ不気味で、どうにも理解しがたいものだ。茂次にとっては、火事の傷跡が残る「大留」と同じように、再建の前に立ちふさがる災難と言ってもいいくらいだ。言い換えれば、子どもたちもまた、火事で焼け野が原になった風景の一部なのである。

本作にはいくつもの主題がある。子どもたちを含めた登場人物のそれぞれにテーマがある。すっきりとしたコマ割りのなかにいくつもの物語が込められており(例えば「りつの作るお弁当が整えられているところ」や「なぜ二人が襖越しに会話をしているのか」まで)、そのひとつひとつが読者に示唆や想像の余地を与えるだろう。しかし、この作品で大きなウェイトを占めるのは「大人になる」というテーマだ。若棟梁の責任を感じ、「誰にも頼らない」と頑に自らの力で「大留」と立て直そうとする茂次も、女としての劣等感と年頃の女性ならではのナイーブな心情から子どもたちの想いを間違った方向に勘違いしてしまうりつも、やがて差し伸べる誰かの手を思い遣り、今度は別の誰かに手を差し伸べる。先輩たちのたくましい手を、災難だったはずの子どもたちの幼い手を、傍らにいる愛する誰かの手の温もりを感じることができる。誰かの手に導かれて大人になり、今度はまた誰かの手を導く。焼け野が原に放り出され、戸惑いながらも、彼らはそんな大人になるために生まれ変わっていく。

 

一人前っていつなるんだろう / 誰が決めるんだろう

人はどうしたら / 明日や未来を考えるのだろう

 

あらゆるものは壊れる。ときにそれは前触れもなくあまりにも突然に、途方もない規模で全てを吹き飛ばし、私たちの日常を荒れ地にする。その度に私たちは頭を抱えて立ち尽くすのだろう。そんな荒れ地で留次とりつは再会し、新たな営みを築いていく。不器用で無愛想な、どこか危うさを残した少女が箱を開けると、そこには美しい花嫁の姿がある。人知れず不安を抱えた青年が、その顔に覆い茂らせた髭をそり落とすと、凛とした表情がある。その姿を見て、世界が怖いものばかりで包まれていた泣き虫な女の子の顔に、はなやかでかわいらしい笑顔が浮かび上がる。あらゆるものが壊れたとしても、そこに想いがあれば、新たな営みは絶えず明日や未来へと繋がっていく。本作に携わった人々は、半世紀近くも前に発表された作品を掘り起こし、ソリッドなマンガ表現にユーモアと温もりを込めて、「壊れてしまった」いまの私たちに必要なものを見いだし、輝かせた。時代を象徴する若者としてデビューした望月峯太郎。かつて憂鬱なるライオット・ボーイだった彼もまた、山本周五郎が描こうとした「ヒトの営み」を受け継ぎ、繋いでみせたのだ。

 

どんなに時代が変わっても / 人に大切なものは / 「人情」と「意地」だぜ

 

手も振れなかったほどに突然の別れ。だけど、その手は次に出会う誰かに触れることができる。子どもが大人になるころ、この荒野から先へと進むために。「人に大切なものは、人情と意地」なんだぜ。