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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

尾崎かおり「神様がうそをつく」

2013 comic

 

神様がうそをつく。 (アフタヌーンKC)

神様がうそをつく。 (アフタヌーンKC)

 

 

少女誌で活躍していた尾崎かおりアフタヌーンで連載した中編。

東京から地方都市に引っ越してきた11歳の少年、夏留は文筆家の母とふたり暮らし。夏留は転校早々、自らに好意を寄せてくるお姫様ポジションの少女といざこざを起こし、クラスの中で居場所を失ってしまうものの、サッカークラブではエースとして一目置かれており、それなりに充実した日々を過ごしていた。そんなある日、夏留は下校途中に左足に怪我を抱えた捨て猫を拾う。家にもって返ってきた夏留だが、彼の母親は猫アレルギーのためにマンションでは飼うことができない。そこで夏留はたまたま出会ったクラスメイト、鈴村理生に猫の面倒を見てもらうことを思いつく。背の高い、ランドセルの似合う大人びた少女。結果的に猫は彼女が飼ってくれることになる(月々の養育費1000円で!)のだが、彼女はひとつ問題を抱えていた。彼女の家には両親がおらず、彼女と弟の勇太のふたり暮らしだったのだ。「誰にも言わないでね、夏留くん」。ひょんなことから理生の秘密を抱えることとなった夏留。しかし、ふたりは交流を繰り返すうちにお互いの孤独や寂しさや不安を埋め合わせるように近づいていく。その一方で、理生の家に大人が誰もいないのにはある理由があった…。

 

神様も時々は嘘をつくのよ / なんで? / それは、お前のことが大好きだからだよ

 

本作の登場人物の多くは皆なにかしらの嘘をつく。例えば暴力的なまでに無神経なコーチから身と心を守るために夏留は仮病を使ってサッカークラブの合宿をサボる。もっと小さなところでは、理生たち一家が食べているチャーハンに入っているのはカニではなくカニカマだ。大小問わず、この作品にはたくさんに嘘が紛れ込んでいる。いや、私たちは嘘に取り巻かれて生きていて、いつしか嘘をついていることすら忘れているのかもしれない。

そう、これは嘘の物語だ。その嘘は誰かを傷つけるためだけのものではない。本作で主題になる嘘とは、むしろ誰かを深く思い遣り、守るための嘘だ。しかし、その嘘が追い立ててくる現実から身を守る優しいシェルターのようなものだとしても、いずれ現実が嘘に追いつき、私たちは外の世界に出なければ行けない。本作と同じ主題を持つ作品として例に挙げるならば、東野圭吾容疑者Xの献身」であろう。誰かを守るための献身的かつ完璧な嘘(そしてそれは明らかに人の道を外れている)は、現実に牙を剥かれ、慟哭のなかで壊れていく。自分たちを孤独に追いやる世界に立ち向かうための子どもたちの嘘もまた、同じように苦い現実から逃げ切ることなく、追いつかれる。幼い恋を実らせて、疑似家族になった夏留たちは、離ればなれになる。

 

足を一本なくした猫が / 三本足で走ってく

それはちっとも悲しいことじゃない / 走れ / 走れ / 走れ

 

しかし、追い立ててくる現実とは、その一方で乗り越えられるものでもある。3月生まれで未熟児だった夏留は、スポーツをするにあたって(特に少年期においては)他の子どもたちに比べて大きな不利を抱えている、というのは客観的にある程度までは事実であろう。しかし本編のラストにおいて、夏留はサッカー選手になるという夢を叶えるためにクラブチームに所属することとなる。彼には風を切るような、人を惹き付ける才能がある。背が伸びて、声変わりもする。未熟児としてこの世に生を受け、幼い頃に父の背中を失くしていても、彼はまっすぐに少年から青年になることができる。本作では「自分のことを本当に信じている人はなんにだってなれる」とも提示されるのだ。

私たちがこの結末を切ないと思うのは、幼い彼らの心のふれあいに、どうか嘘がないようにと祈るからだ。もう一度、夏留と理生が互いの肩を抱き寄せられるときには、可能性と輝きに満ちた外の世界が広がっているようにと思ってやまないからだ。子どもたちは孤独で傷ついていて、だから優しい神様は嘘をつく。彼らを守る神様のシェルターは優しい。だけど、やがてその手でシェルターの蓋を開けられるようになれば、自分たちを傷つけてきたはずの世界からも眩い光が差し込む。本作は私たちの心の琴線を揺らす繊細なタッチで、その光の尻尾を描き出そうとしている。