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音楽とコミックのレビューブログ

今日マチ子「ニンフ」

 

ニンフ

ニンフ

 

cocoon」や「センネン画報」など、繊細かつ挑発的な作風で活躍する女性漫画家の新作中編。

ユキはもうすぐ「おねえさん」になる少女。妊婦の母とともに平穏な昼下がりを過ごしていた彼女の日常はある瞬間を境に一変する。帝都を揺らした記録的な大震災。父を失い、母とはぐれた瓦礫の町で震災孤児の仲間たちとともに生きることになるユキ。住む家もなく、食べ物も盗みをはたいて取るしかない。そんな過酷な環境の中、彼女は裕福な名家の主の気まぐれで拾われることなる。大学で政治を学ぶ長男の進太郎、身体の弱い次男の清次郎、新しい姉妹にアンビバレンツな反応を見せる百合子。「マリア」という新しい名前を与えられるも、見慣れない新しい家に戸惑うユキ。そんななか、少女と女の狭間にいるユキの身体は異変を見せる。彼女のお腹は、膨らんでいた。ユキは妊婦となっていたのだ…。

この作品はあらゆる全てを失い続ける。この物語は都合の良い再生の物語ではないのだ。震災で彼女は家族と離ればなれになる。自分を引き取った新しい父親は少女趣味の変態かつ女性に対するデリカシーを欠いた人物で、子を宿せない妻は彼にとっては家族を成立させるための人形だ。心を通わせた少年も、奇跡的に再会した母親も、ユキは失う。そして終盤、(読者にとってはある程度予測されていた)もっとも大切なものを、彼女は失う。この物語を駆動し、拠り所になっていたそれを、彼女は失うのである。この物語は失い続ける物語だ。私たちもまた、大切なものが手に入ると、その度にそれを傷つけて、ないがしろにして、失い続ける。なにもかもを失って、そのときに手に入れた光は宝石のように手のひらで優しく輝くけれど、光を失った死骸もまたその隣で横たわっている。本作は情感的かつショッキングな展開が続きながら、どこか常に一歩引いた目線で登場人物から距離を置き続ける。こうした冷ややかな目線とは、おそらくは失われたものが私たちを見つめる瞳なのである。

ひとつ重要なことがある。この物語を終わらせるのは、ユキではなく、あるいはデウス・エクス・マキナでもない。その環境に歪み、心が壊れかけて、それでも前へ進む意思を決めた、ある人物だ。「想像力で、この壊れた帝都を膨らませる」ともう一人の主人公たる彼女は言う。震災で壊れた街を立て直そうと自立しようとする。それを大人の入り口にたち、未来を見据えて進み始めた頼もしい態度と捉えるのか、擦り切れて疲弊した少女の危うい強がりと考えるのかは読者に委ねられるのだ。クロージング・チャプターにおけるユキの手がボロボロになって手に入れた宝物をもう二度と離さないように抱きしめる掌なら、もう一人の少女の足はあらゆるものに裏切られ否定されボロボロになっても前へ進むことを決めた人の踝だ。「それでも美しいものはここにはある」。「否、ここは荒野だ、進むしかない」…。私たちがこの世界において、どうあるべきかまではこの作品では語られない。その代わりに、失われたものの眼は、物語の終わりを、答えを求めて彷徨う私たちをじっと見つめている。