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lost&safe Blog

音楽とコミックのレビューブログ

寺尾沙穂「楕円の夢」

2015 newdisc

 

楕円の夢

楕円の夢

 

 

女性シンガーソングライターによる6枚目のアルバム。

このアルバムにはうたがある。あなたと、わたしのうただ。誰かを愛して、夢をみる、私たちのうただ。あまりにも純粋に、とてもよく出来たうたは静かに横たわっている。そんなうたのアルバムを、寺尾沙穂は「楕円の夢」と名付けた。

  

「我々は、なお、楕円を描くことができるのだ。それは驢馬にはできない芸当であり、人間にだけ、── 誠実な人間にだけ、可能な仕事だ。しかも、描きあげられた楕円は、ほとんど、つねに、誠実の欠如という印象をあたえる。風刺だとか、韜晦だとか、グロテスクだとか、── 人びとは勝手なことをいう。誠実とは、円にだけあって、楕円にはないもののような気がしているのだ。いま、私は、立往生している。思うに、完全な楕円を描く絶好の機会であり、こういう得がたい機会をめぐんでくれた転形期にたいして、心から、私は感謝すべきであろう」(花田清輝「楕円幻想 -ヴィヨン」より)

 

「楕円の夢」とは誠実ではないと思われるものを、誠実に描くことで観ることができる夢のことだ。円が美しく、楕円がそうでないのだと決めつけられているのだとしたら、その価値観の中で置いていかれてしまう後者こそを描くという態度だ。美しいものを美しいと思う感覚は誰にでもある。だが、美しさからはぐれてしまったものに対しても、同じように誠実にならなければならない。放送禁止用語が含まれているためにリリースを拒否されながらも抵抗し、あるいは原子力発電所で働く人々を歌ってきたような彼女を体現するにふさわしい言葉だろう。

 

いくつもの夢をみて / いくつもの愛を知り / いくつもの嘘を吐き / 私はまだ生きている

 

しかし、このアルバムはそんなテーマを含みながらも、穏やかで柔らかで上質なメロディに乗せて、はにかみを少しだけ隠しつつ、つねに面前にいる誰かに絶えず真摯に語りかけている。この作品は愛を知り、夢を見て、そこに生きている自らを歌うことにあまりにも特化したアルバムだ。そこにエキセントリックで耳をつんざく感覚はない。灯りを点けて、迷いながら、匂い立つ物語を奏でるように言葉は流れているのだ。6枚目のアルバムにして、そんなうたが残った。

 

私の好きな人は片手のない人です / 片手に夢を抱きしめて / はなさぬ強い人です

あなたが教えてくれたのは / 楕円の夜の美しさ

 

私たちは夢をみる。たとえあなたが何者でも、夢をみることができる。夢を見よう。あなたとわかり合えることができる。そんな祈りがこの作品には込められている。繰り返すが、この作品にはこれ見よがしな表現は一切といっていいほどない。すべての言葉は様々なボーダーを越えて、身体に染み渡るように紡がれる。そして、美しいことが、正しいことが一心不乱に追い求められるなかで、あらゆる誰かに降り注ぐうたを目指すことは、それだけでひとつの誠実な抵抗になるはずだ。

 


寺尾紗穂 - 楕円の夢 - YouTube